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「細胞を創る」研究会 設立趣意書 (PDF版)

2007年11月26日制定

趣 旨

「生命とはなにか」「細胞とはなにか」という基本命題に関して,生命科学は様々な現象に関わる生体分子を探し当て,その機能を解析することにより,飛躍的な発展をとげてきました。 その過程で,複数の関連分子を試験管内で反応させることにより,転写・翻訳など,特定の細胞内現象を部分的に再構築することに成功しています。 このような構成的なアプローチは,生体分子が高次機能を生じる仕組みについて理解するうえで,様々な知見をもたらしてきました。 さらに,ポストゲノム時代に入って以降,従来の個別現象の解析を踏まえて,生命・細胞の設計図を丸ごと捉えようとする動きが加速しています。 これらの延長線上に,「細胞全体の再構成・生命の創出」を試みることを通じて,細胞や生命の本質に迫ろうとする機運が,国内外で少しずつ高まってきています。 この萌芽的なプロジェクトは,科学・技術のフロンティアであるばかりでなく,文化的にも社会的にも大きな広がりを持っています。 そこで,「細胞を創る」という試み,あるいは「細胞機能の再構成」に関わる様々な分野の学際交流を促進するとともに,社会と科学・技術の双方向コミュニケーションを推進するための新たな研究会を立ち上げることを提案します。

生命科学における構成的なアプローチの重要性

構成的アプローチは,生命システムにおける生体分子が織りなすネットワークの定量的な把握や,そのネットワークが機能するための十分条件の確定に威力を発揮します。 また,データ収集と整理に重点をおいた記述的アプローチから,生命システムの振る舞いに関する定量的な予測とその検証に重きをおいたアプローチへの転換をもたらし,理論(仮説・シミュレーション・設計)と実験(検証・構築)の融合を推し進めるといった利点があります。 現象の特性を定式化・定量的に表現することが求められ,それを検証することにより,対象としている生命機能と私たちの知識や理論との齟齬を明らかにします。 その齟齬は,さらに新たな解析的・構成的な研究の種となり,対象となる現象の本質を深く問い,理解するための手がかりとなります。

このような構成的研究の延長線上のテーマとして,「細胞の再構成」の試みについても,個別に研究されてきた細胞機能がどのように統合されるのかを深く理解するための架け橋となることが期待されます。 同時に,「どのような細胞を創ろうとするのか」「なにをもって細胞を創った,とみなすのか」という問題を常に意識することになるため,こうした試みは,とりもなおさず「細胞とは何か」「生命とは何か」という生命科学の根本問題を不断に考える営みでもあります。

なぜ,いま「細胞を創る」なのか?

「細胞(ないし生命)を人工的に再構成する」という試みは,生命科学および周辺技術の発展段階で,その都度志向されてきました。 時代に応じて,その内容は変化しています。たとえば初期の分子生物学では,試験管内におけるDNA複製の酵素反応が生命の再構成と形容されましたし,リポソームをモデル人工細胞膜として扱う研究や,人工生命(Artificial Life)のようにコンピュータ内で生命の特性を再現する試みなども行われてきました。

近年では,ゲノム科学や分子生物学の進展により,生体分子の種類や分子間のネットワークに関する情報が,以前に比べて飛躍的に増加しています。 さらに,各種データベースの整備,任意の配列を持つ核酸合成や蛋白質合成の効率化,反応の場を提供する工学や観察技術の進展が図られ,生体分子システムの人工設計や,モデル細胞における動的で複雑な生体分子ネットワークの構築が一層推進されております。 国内においても,試験管内での転写, 翻訳, DNA複製, 体内時計など,個別の細胞機能の再構成が盛んに行われ,世界に先駆けた研究が展開されています。また,遺伝暗号の改変や,生体分子コンピュータといった,生体システムのデザインと実装も行われています。 一方,工学分野では,ナノバイオテクノロジー,マイクロ加工技術(MEMS),化学工学,材料工学などが発展し,細胞サイズのウェットな(生体由来の素材を用いた)機能デバイスを作り上げる技術も生まれてきました。 「細胞の再構成・設計の可能性」を踏まえ,こうした技術や知見の融合を目指す新しい学際的研究領域誕生の機運が熟してきました。

とはいえ,生命の基本単位である細胞を再構築・設計するというアプローチは,まだ萌芽的で,多くの技術革新が必要であることは言うまでもありません。 とても一つの研究室・一つの既存分野だけで展開できるわけではないでしょうし,生命科学の枠内にとどまらず,数学,物理学,化学,工学など様々な知を結集することが不可欠です。

「細胞を創る」の社会・文化的側面の重要性

さらに,「細胞の再構成」というアプローチは,自然科学的観点においてだけでなく,社会や文化との関わりにおいても注目すべき広がりを持っています。 細胞が生命の基本単位であるとすれば,細胞を再構成することは,「生命(ないし生命らしきもの)の創出」を意味します。将来的には,こうした試みが私たちの生命観をゆさぶり,思想的・文化的・社会的に大きなインパクトを持つ可能性があります。 とりもなおさず,「生命」に対する社会や人々の考え方がどのようなものであるかを,研究者自身が考え直すよい契機となりますし,それ自体が細胞を再構成することを目指す目的のひとつと言ってよいかもしれません。 また,細胞創出の過程で用いられる新技術や新たな生産物が,私たちの生活の安全を脅かしたり,不安をいたずらに煽ったりすることのないように,適切な研究の管理・運営ルールの構築が必要になるでしょう。 現段階では,その萌芽性ゆえに,「細胞を創る」というテーマを巡って,医療・環境・食料問題などの緊迫した論争が顕在化しているわけではありません。むしろ,今後の展開が不確定だからこそ,どのような問題が起こりうるのかをその都度点検し,市民社会の中で理解を得ながら研究を展開していくことが重要と考えます。

このような意味で,「細胞を創る」という試みの持つ学問的・社会的・歴史的な意味,懸念,面白さなどについて,科学者・技術者だけではなく,他分野の専門家や市民とともに多面的に議論・情報交換をしながら理解を深め,共に考え,享受していくことが,この分野の豊かで健全な発展に不可欠であると確信します。

研究会の意義・目的

このような現状と将来的可能性を踏まえ,「細胞を創る」研究会を立ち上げることを提案します。研究会の目的は,広範な科学・技術の学問領域の研究者に加え,生命観や倫理・安全面に関わる研究者・専門家の参加により,細胞の持つ様々な機能の再構成・創出と,その延長上にある「細胞を創る」ことに関する学際的な研究交流・研究発表,情報・意見交換の場を提供することにあります(注1)。 さらに,社会と科学・技術の双方向コミュニケーションを積極的に推進するとともに,このような学際領域に関わる国際的な交流を促し,科学・技術のフロンティアの健全な発展と,豊かな生命観の発展に資することを目指します。

注1
関連分野としては,分子生物学,生化学,細胞生物学,生物物理学, システム生物学, 構成的生物学, デバイス工学,マイクロ加工技術(MEMS),ナノテクノロジー,制御工学, 情報システム工学, 化学工学, バイオエンジニアリング, 材料科学,核酸合成化学,高分子化学, 物性物理学, 統計物理学, 数理科学, 計算機科学, システム科学, 複雑系科学,医学,薬学,農学, 生命思想史, 科学技術史,社会学,生命倫理, 科学技術コミュニケーション,リスク管理,科学政策,科学ジャーナリズムなどが想定されますが,それに限定されるものではありません。

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